昨日に引き続き羽越本線岩船町界隈。日付は昭和47年5月20日、と聞いてピンとくる方は歳がわかりますね (^^ゞ。そう、村上で行われた植樹祭のためC571牽引によるお召し列車が運転された日です。
蒸気機関車牽引によるお召しはこれが最後などと言われてたので、何があっても行かねばならないという強迫観念に襲われ(笑)ズル休みして行きました。さすがに鉄で休む訳ですから当然ながら親から旅費をもらうのには一苦労、「これを見なければ一生後悔する、もう受験勉強なんかしない。」とかなんとか最後は開き直ってせしめたのも懐かしい思い出です。
朝から新津機関区の庫の中にいたC571を見て、ピッカピカに整備された姿にびっくり、蒸機も磨けばここまで綺麗になるのかと大感動でした。
▲ ボディはどこもかしこも鏡のように磨きあげられ、区名札の横には既に「お召」の札が入っていました。
でも、今考えてみればお召し列車運転当日の朝、よくまあ一般のファンをしかも庫の中にまで入れてくれたもんだと当時の新津区の太っ腹には感謝感激です。
で、岩船町の駅から少し離れた田園地帯で撮ることにして待っていると、さすがに幹線だけあって単線を上下列車が行き交います。やって来たのは特急「いなほ」、まだキハ81も現役でした。
▲ このネガをスキャンするまで81系気動車は見たことがないと思い込んでたんですが、撮ってました。
この日は厚い雲が垂れ込め暗いうえにずっと雨が降り続く撮影には最悪のコンディションでしたが、DD51は1本だけで行き交う列車のほとんどが蒸機牽引という状況を堪能しました。でも客レのC57牽引は1本もなく全てD51でした。
▲ カマボコドームの戦時型D51牽引の上り普通列車。
この日のハイライト、お召しの通過が近くなってくると、沿線警備のお巡りさんが「一応中を見せて下さい」と言って、皆さんの銀箱をチェックしてまわり、いやがうえにも緊張が高まります。そんな中、遠目にもそれとわかるお召しがやって来ました。
▲ フロントデッキに日の丸を掲げ、デフに菊のご紋章を付けたC571牽引のお召し列車はまさに紫煙の完全燃焼で、すべるように通過して行きました。
実はこの写真はカラーなんですが、露出が稼げず暗いうえにネガの保存状態が悪くて傷もあり、とても見られたものではないのでモノクロにしました。
ズル休みまでして行ったにも拘わらずこんな写真しか残ってませんが、やはり一生の想い出として心に残ってます。
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